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関山和秀 経歴・プロフィール 人工クモ糸QMONOSを作った人物とは

      2015/11/08

クモの糸

NASAや米軍でさえも断念した夢の繊維「人工クモ糸」の実用化を成功させたスパイバー株式会社の代表執行役、関山和秀さん。このような偉業を成し遂げたのはいったいどのような人物なのでしょう?関山和秀さんの経歴・プロフィールをご紹介します。

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Spiber(スパイバー)の偉業

自然界で最も強靭だとされるクモの糸。直径1cmのクモの糸で500mの蜘蛛の巣を張ると、ジャンボジェット機を捉えることができると言われています。クモの糸がすごいのは強靭さだけではありません。一般的には強靭なものは伸縮性がなく、伸縮性のあるものは切れやすいという性質を持ちます。しかし、クモの糸は鋼鉄の4倍の強度を持ちながらナイロンよりも伸縮するという性質も持ち合わせています。

炭素繊維は、鉄より強くアルミより軽いため現在では飛行機、自転車などに多く使用されてますが、人口クモ糸は炭素繊維よりも軽く、耐熱性にも優れています。またタンパク質でできているため、原料を石油に頼ることなく生物から生産でき、再生利用することが可能です。石油などの化石燃料のように枯渇するという心配もないのです。

このように優れたクモの糸を人工的に作ることはできないかと、1990年代頃、アメリカを中心にクモの糸の研究をはじめました。はじめに目をつけたのは米軍で、ベンチャー企業と共同で実用化のための研究を進めました。NASAやデュポン社等の世界の名だたる大企業も実用化に向けて研究に取り組みましたが、技術的な面、コスト面での課題が多く研究は頓挫してしまいました。

この夢の繊維「人工クモ糸」を実用化させたのが、2007年にわずか3人から始まった学生ベンチャー企業「Spiber株式会社」です。あの東レが、炭素繊維の研究を始めてから実用化まで50年を費やし、ようやく利益が出せるようになったというのに、研究開始から11年、設立からわずか8年で炭素繊維より優れた新素材を、圧倒的な技術革新とコストダウンで実用化させたのです。

実用化の第一歩目はアパレル。アパレル業界は、新素材の製品化までのスピードが他の業界と比べて早く、しかも市場が大きいため、早く広く普及します。さらにアパレル業界の中でもアウトドアで着用する衣料こそ高い機能性が求められることから、Spiberはアウトドア用品や衣料の世界的ブランド「THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)」と提携。人工合成クモ糸素材「QMONOS」を使ったアウトドアジャケット「MOON PARKA」を共同開発し、2016年に発売することを発表しました。

3人で1,000万円を集めて始めた会社は、スポーツウエアメーカーのゴールドウィン等から95億円の出資金を調達、資本金は73億円となり、役員を含め93名を抱える企業へと成長しました。

 

スパイバー株式会社の代表執行役、関山和秀さんの経歴・プロフィール

関山和秀(せきやま かずひで) 経歴

1983年1月2日、東京生まれ
2001年4月慶應義塾大学環境情報学部入学
2005年3月慶應義塾大学環境情報学部卒業(冨田勝研究室)
2007年3月慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程修了
(バイオインフォマティクス専攻)
2007年9月Spiber株式会社設立 代表取締役社長就任
2014年6月Spiber株式会社取締役兼代表執行役就任(現任)
2014年9月Xpiber㈱代表取締役就任(現任)

関山和秀さんは、慶應義塾大学に入学した2001年の9月から先端バイオ研究室である冨田勝研究室に入り、2004年9月からクモ糸人工合成の研究を開始。大学院の博士課程在学中の2007年9月にSpiber株式会社を設立し、今年、人工クモ糸の実用化に成功しました。

まだ32歳という若さでこのような偉業を成した関山和秀さん。いったいどのような人物なのでしょう。関山和秀さんは3人兄妹の長男で双子の妹がいるそうです。父親は電子部品製造会社を経営。祖父が創業者だったため自分もいずれは経営者になるものと考えていたようです。

幼少期は、勉強も運動もぱっとせず、ボーッとしているタイプだったとのこと。勉強をする意味がわからなかったため小学生から高校生までは勉強が苦手だったようです。実際、高校に入って初めてのテストでは6点とクラスで最低の点数をとり、先生に心配される始末。ここまで読むと本当に頭が良くなかったように思ってしまいますが、本人がこのように語っているだけです。

関山和秀さんは、小学校から大学まで慶應義塾。慶應義塾幼稚舎(幼稚園ではなく小学校)はお受験をして入学するいわゆる難関・名門校です。有名人では、元テニスプレイヤーの松岡修造さん、嵐の櫻井翔さん、モデルの森泉さん、石原良純さんなどが慶應義塾幼稚舎出身です。

倍率が4倍くらいの学校では落ちるのは何らかの理由があります。しかし、慶應に落ちるのに理由はない。合格した子にだけ、受かる理由がある

ジャック幼児教育研究所理事の大岡史直(おおおか ふみただ)氏がこう話すほどの学校です。

ちなみにこんな試験問題を幼稚園児に出題しています。※解答は最下部

( )の中に大、小のどちらかの漢字をいれてください(10点)。
大 小 大 小 大 小 大 ( ) 小 大 小 大

これほどの難関校である慶應義塾幼稚舎に入学できた関山和秀さんは幼少の頃からやはり何かを持っていたのでしょう。しかし、高校3年生で一念発起するまでは実際に成績はいまひとつで、「将来は自分たちで起業して、何かデカいことをしよう!」と友人と夢を語り合うことに時間を費やしていたそうです。

きっかけは冨田勝教授との出会い。関山和秀さんは、参考程度にと軽い気持ちで参加した慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の説明会で、バイオテクノロジーについて熱く語る冨田勝教授に魅了されたそうです。しかし、ひと学年18クラス中、成績最下位を争う文系のクラスにいた関山和秀さんは、そのままSFCに進学できる成績ではありませんでした。

熱意は人一倍あるので入学させてほしいと冨田教授にお願いしたこともあったのですが、ちゃんと勉強するようにと一蹴され、高校3年生の後期になって、はじめて真面目に勉強に取り組むことになったそうです。真面目に授業に取り組めばついていけないわけではないと気づいた関山さんは、その後飛躍的に成績を伸ばすことができ、見事、SFC環境情報学部に進学することができました。SFC環境情報学部には理系でも文系でもなく両方が融合した学部です。

大学にはもの凄い人達が集まっているだろうし、しっかりと勉強しなければと考えていた関山さんですが、研究用語の意味などがわかると「意外に普通」だったと感じたそうです。やはり関山和秀さんはもとからポテンシャルが高かったようです。

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人工クモ糸を実用化できた要因

関山和秀さんに秀でた才能があるのはわかりましたが、Spiberが研究開始からわずか11年で人工クモ糸を実用化できたのは才能のせいだけではありません。色々な人や企業との出会いが大きな要因だと考えられます。

関山和秀さんが人工クモ糸の研究を始めたきっかけは、お酒の席での友人との雑談。創業メンバーでSpiber取締役兼執行役の菅原潤一さんとお酒を飲みながら「地球で一番強い生き物って?」という議論を繰り広げ、最終的に行き着いたのがクモ。これがきっかけでクモの糸のことを調べ、クモの糸のような新素材ができれば社会に大きく役立つことができるのではないかと、すぐに研究に取り組むことになったそうです。

もう一人の創立メンバーであり取締役兼執行役の水谷英也さんは、Spiber設立時には、公認会計士としてトーマツ監査法人に勤めていたのですが、そちらを退職し、創業メンバーに加わったそうです。

Spiberを設立してすぐにリーマン・ショックが起き、大手企業に共同開発の話を持ち込んでもそれどころではないと断られるような状況。人材も確保できず売上が上がらない中、ベンチャーキャピタルのジャフコからも出資するタイミングではないと言われていたそうです。そんな時にジャフコから紹介されたのが、ユビキタス株式会社を立ち上げジャスダックに上場させた中山佳久さん。

中山佳久さんに代表取締役に就任してもらい、Spiberの経営に参画してもらったことがきっかけで出資が決まり、売上もあがったため経産省からの補助金が1,000万円支給されました。会社設立後2年経った2009年、ジャフコから2億5,000万円の出資も決まり、必要な設備を揃え本格的な研究に取り組むことができました。

2012年には、トヨタ自動車の一次サプライヤーで自動車部品メーカー「小島プレス工業株式会社」とパートナーシップ契約を締結。2013年5月、新素材に「QMONOS(クモノス)」という名をつけ発表すると、さらに出資も増え、人材や設備を揃えることが可能になりました。

お酒の席での雑談をきっかけに人や企業、そして資金が集まり、このように大きく成長したのですが、これらは関山和秀さんの哲学に引き寄せられたのではないでしょうか。

小学校から大学までまったく受験勉強をする必要がなかった関山和秀さんは、勉強に打ち込むかわりに、考えにふけっていたそうです。中学生の時にはすでに「自分とは何なのか?」、「なぜ生きなければならないのか?」、「幸せとは何か?」といった哲学的な疑問に思いを巡らせていました。

自分自身の究極の目的は「幸せになること」だと気づいた関山さんは、「家族や身近な人たちが幸せであること」が、自分自身が幸せになるための条件だと気付きました。さらに「家族や身近な人たちが幸せになるためにはまわりの人たち幸せでなければならないと考え、突き詰めていくと最終的に全世界の人たちが幸せにならないといけないという結論に到達したそうです。

「社会を良くするために動くと、自分自身も幸せになる」という関山和秀さんの哲学が人工クモ糸を早期に実用化させたのでしょう。

 

慶應義塾幼稚舎の問題の解答

1月から12月までの31日ある月を大、30日以下の月を小としています。( )の部分は8月なので答えは「大」です。

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